お気づきかどうかわかりませんが、作家別文学の旅など各項目は、仕事で該当の地域に行く機会があるときは少しずつではありますが所在地の確認や建物、風景などを写真に収めて載せるようにしています。ご覧頂ければ幸いです。
熱海巡り
先日、季刊誌の仕事で熱海梅園(http://www.ataminews.gr.jp/kankou/03.html)行くついでに以前から一度見ておきたいと思っていた熱海市西山町にある歌人佐佐木信綱旧居(http://www.ataminews.gr.jp/kankou/24.html)をはじめ作家杉本苑子旧宅・彩苑(http://www.ataminews.gr.jp/kankou/13.html)、熱海三大別荘の一つ起雲閣(http://www.city.atami.shizuoka.jp/2nd/kiunkaku/)を駆け足で廻りました。
熱海市は相模湾に面した海岸沿いの一部を除きほとんどが丘陵地帯で、どこに行くのも坂道を登ることになるので短時間に何カ所も廻るのはきついと思いました。最近は少し観光客が戻ってきていると聞いていたのですが、地元の人に聞くとなかなか大変なようです。
梅が咲かず入園料を無料にしていた熱海梅園も連休前の2月10日から有料にしたそうですが、結構賑わっていました。起雲閣も結構見学者がいました。しかし大きなホテルが軒を連ねていたメインストリートは寂しいですね。
足立区千住芸術村ギャラリー
先日、足立区千住にある千住芸術村(http://web.me.com/kagayama/1010de-art/welcome.html)ギャラリーで、以前、渋谷てづくり市で見かけて気になったイラストを描いた女子美大生のグループ展「20点満展」(〜2月12日)が開催されていたので行ってきました。
JR常磐線・千代田線・日比谷線・東武線が乗り入れている北千住駅西口から徒歩18分と説明書きにはあります。
日本橋室町〜日本橋通〜京橋〜東京駅八重洲口2
中央通りを歩いて行きます。日本橋を渡ると左手にCOREDO日本橋が見えてきます。永代通りをはさんで向かい側が再開発の日本橋二丁目E街区二なります。隣の高島屋を含む一帯がC・B街区としてこれから再開発が進みます。八重洲通りを抜けると京橋です。メルシャン株式会社と明治屋の間で森トラストタワーの新築工事が行われています。工事現場の裏は八重洲ブックセンターで、工事中の東京駅八重洲口に出ます。
日本橋室町〜日本橋通〜京橋〜東京駅八重洲口(1)
先日、小伝馬町の小津和紙を訪ねた後、時間があったので江戸通りと中央通りが交差する室町交差点を左折して、中央通りを日本橋から京橋、さらには東京駅八重洲口馬で歩きました。現在、中央通りは日本橋室町東地区開発プロジェクト、京橋2丁目西地区再開発プロジェクトが進んでいます。東京駅八重洲口も少し見ない間に随分と変わっていました。まずは日本橋までを載せます。
小津和紙周辺史跡
先日書いた小津和紙は説明不足な点が多かったので少し追加します。小伝馬町駅4番出口を出て江戸通りの裏手になるゑびす通りを小津和紙に向かって歩くと右手に大伝馬町の草分名主馬込勘解由屋敷跡があります。邸内奥には徳川家康から拝領したと伝えられる恵比寿神像がありました。江戸時代、正月20日と10月20日に盛大な恵比寿講が行われていました。恵比寿講の前日に立った市が現在のべったら市につながっています。恵比寿神像は現在、少し小津和紙側に寄った寳田神社に祀られています。寳田神社を過ぎると左手に於竹大日如来井戸跡の碑が見えてきます。目の前の昭和通りに面した一角が小津和紙本館ビルです。左折するとすぐ右手道路脇に小さなべったら市の由来を記した馬込勘解由の碑があります。
また、小伝馬町駅4番出口を出て江戸通りを渡りそのまま人形町通りを数メートル行くと左手に高野山の準別格本山の大安楽寺があります。江戸伝馬町牢屋敷跡の碑があるように、創建は明治15年で当時の大倉財閥の大倉喜八郎、安田財閥の安田善次郎の寄進によるものだそうです。向かいの同屋敷跡の十思公園には吉田松陰終焉乃地の碑や石町時の鐘宝永時鐘などがあります。
小伝馬町・小津和紙
昨日(21日)、小津和紙本館(中央区日本橋本町3-6-2)に用事があり東京メトロ小伝馬町駅から向かいました。小伝馬町駅を出ると目の前に慶長年間(豊臣政権から徳川政権への移行期)に移された伝馬町牢屋敷跡やこの鐘を合図に刑が執行された石町時の鐘、伝馬町の牢に囚われていた吉田松陰終焉の地と記した碑があります。駅出口左手を江戸通りに沿って日本橋方面に向かって約二百メートル歩くと首都高と昭和通りに出るので、そこを左折するとすぐ左手に小津和紙本館が見えてきます。ちなみに一番近い駅はJR総武本線の新日本橋駅です。
創業は1653年といいますから徳川4代将軍家綱の時代です。先祖は江戸時代多くの商人を排出した松阪(現在の三重県松阪市)の出身です。江戸時代の国学者本居宣長は小津家の出だと2階の小津和紙の多くの歴史的資料を蔵した小津和紙博物舗にあります。
同本館の裏手にあたるゑびす通り参道には寳田恵比寿神社があります。神社前で例年10月19日、20日開かれる日本橋べったら市はべったらや七味、飴細工など数百の屋台が出て賑わう秋の風物詩として有名です。













































































